藤子・F・不二雄の作風を、21世紀に継承する者

2012年は、ドラえもん誕生100年「前」の年なのだそうだ。

漫画「ドラえもん」の作者、藤子・F・不二雄の作品やメッセージを展示する「藤子・F・不二雄ミュージアム」(川崎市)は、今年9月にオープン1周年を迎えるにもかかわらず、休日は常にチケット完売という状況は変わらない。没後16年が経とうとしている今も、藤子・Fの日本一有名なマンガ家の一人としての存在感が薄くなる気配はない。

SFという語に、Science Fictionに加えて「すこし・ふしぎ」という語義を与え、「おなじみのキャラクター達の『すこし・ふしぎ』な日常」というジャンルを築いた彼は、一方で少ないページ数にセンス・オブ・ワンダーを盛り込み、読み応えのある物語として成立させる本格SF短編の名手でもあった。

石黒正数は、そうした藤子・Fの作風を、最も顕著な形で21世紀に継承しているマンガ家である。代表作『それでも町は廻っている』は、少年画報社「ヤングキングアワーズ」にて連載中の短編連作。女子高生・嵐山歩鳥とその家族や友人、彼女の暮らす下町の商店街の日常に起こるささやかな出来事がコミカルに描かれる。

コミックスの既刊は10巻を数え、2010年にはテレビアニメ化もされた本作の人気は、普遍的な絵柄、親しみやすく個性的なキャラクター、一話完結形式でしっかりと面白い物語を読ませる技術に拠るところが大きいが、それだけではない。正しく藤子・Fの二つの持ち味を融合した、伏線を張りひねってオチをつける短編スタイルと、スパイスとして挿入される「すこし・ふしぎ」なエピソードの存在が、類型的な「日常もの」と一線を画し、人気を支えている。

また、随所に現れる等身大の高校生のちょっとした不安や喜びの巧みな表現は、石黒独特の個性として光る。同時代の若者の共感を得ることは、藤子・Fらトキワ荘系作家が苦手とした部分でもあった。「すこし・ふしぎ」な物語で夢を与えつつ、現実世界に生きる若者の感情を活写できているバランス感覚もまた、『それ町』の重要な魅力になっている。

石黒は近年、作風の幅をどんどん広げている。『それ町』が気に入ったなら、『ネムルバカ』(徳間書店)、『外天楼』(講談社)などのほかの作品にも手を伸ばしてみてほしい。藤子作品における”ラーメン大好き”小池さんのような、複数の作品に自由に登場するキャラクターの存在を目にし、より石黒作品世界を楽しむことができるだろう。

文=鈴木史恵
1986年2月生まれ、千葉県出身。おもちゃメーカー勤務を経て編集・執筆業へ。マンガ好きとしての原点は物心つく以前から触れてきた手塚治虫と藤子・F・不二雄。24年組、80年代ニューウェーブ、ガロ系、それらの系譜にある青年マンガを中心に、面白そうなものは何でも読みます。マンガ以外の趣味は好きなバンドのライブや映画鑑賞など。