寄 稿

オリンピックと併走する日本の現実

こちらのコンテンツは、STUDIOVOICEからの許諾を得ての転載となります。
限界集落温泉 鈴木みそ

「第32回夏季オリンピック大会の開催地は… 東京!」

深夜の発表にも関わらず、多くの人がその瞬間に関心を寄せ、TwitterやFacebookには次々と歓喜の声が書き込まれた。行く末のわからないことがあふれる現代で7年後に催される世界的イベントが決まる。その事実は大会の内容そのものよりも私たちを安心させるには十分だった。

このニュースは、前回の東京大会がそうであったかのごとく高度経済成長再来の夢を見させる。しかし、私たちはこうした華々しい話題と並行して起きる絶望的な状況にも薄々気づきつつある。それは、国土の荒廃だ。

2年前、国土交通省が“「国土の長期展望」中間とりまとめ”として発表した資料は関係者だけでなく多くの人々に衝撃を与えた。2050年、人口が現在より増加する地域は全国の1.9%しかなく、逆に現在の半数以下に減少する地域が65%以上を占めるという事実。これを国が公表することは、国土の衰退を認めざるを得ない時期に来ていると受け止められたからだ。

発表は確かに衝撃的な内容であった。一方、深刻な予見を突きつけられながらもどこか自分の身の回りではまだそれを感じられない。ゆえにやり過ごす、未来に丸投げする、そんな他人事の受容だったようにも感じられた。しかし、2年を経て私たちの心にはいくつか思い当たる小さなしこりができ始めている。そう、この衰退は知らず知らずのうちにジワジワ浸食してくるものなのだ。

荒廃を描き出すのは予測データだけではない。鈴木みそ『限界集落温泉』(エンターブレイン)は伊豆山中の旅館を舞台に地域の衰退と向き合う人たちの姿を扱ったユニークな作品である。ゲームクリエイターの道をあきらめた主人公・溝田。廃業した温泉宿に迷い込んだ彼が、なぜか集まってきたネットアイドルやオタク達の力を借りて宿を再興、地域産業の拠点にしていくというのがそのストーリーだ。

こう書くといかにも軽薄なストーリーと萌え系の絵柄が想像されるかもしれない。しかし根底にある視線はいたって冷静である。作者の鈴木は前作『銭』(エンターブレイン)をはじめとし、徹底的な取材に基づいたリアルな世界を描くことに定評がある作家だ。多少の脚色やコミカルな表現はあるが物語の中で提示されるのは、無い袖は振れないという事実と、無いものを補うには身近な人材と知恵をフル活用するしかないという地道な解決策だ。

このような地に足の着いた解決策は2013年4月に発行された『まちづくり:デッドライン』(木下斉、広瀬郁/日経BP)のような専門書にも通じる。困難の中で荒廃にどう立ち向かうのか。町はどの程度の規模で維持可能か。地域にある資産をいかに循環させるか。厳しく言ってしまえば撤退戦にどう挑むのか。現実を踏まえながら具体的な手法を積み上げていく内容は、鈴木が『限界集落温泉』で描いたルートをなぞる。

溝田は考える。果たして自分たちが持っている有効なコマは何か。そして思いつく。ボロさ、薄気味悪さ、未開、不便がここにはある。ケータイの電波が完全に届かない環境なんて、実は都会で暮らしているとほとんど手に入らない貴重なものなのだ。

最初は自分の居場所(寄生先)を確保することだけを目的としていた溝田の関心はより広く複雑な問題へと向けられていく。一軒の宿が抱えていた問題が次第に地域の、町のそれと絡み始めるのだ。とはいえ、溝田が聖人君子や敏腕経営者といった雰囲気では無く胡散臭いペテン師のように描かれていたり、単なるサクセスストーリーとして終わらないのは、この物語を現実と完全に乖離した虚構にしたくないという意図の現れであろう。

無論、現在進行形で真剣に地域おこし、町おこしに携わっている人からすると「こんなに簡単にはいかない」といった意見や、自分達の地道な活動をマンガが面白おかしく描くことに抵抗もあるだろう。しかし、作品を完全に否定できず、なにか共感を覚える箇所があるとすれば、それはジワジワ迫ってくる荒廃に対し、巨額の補助金を獲得しようとか、新たな企業を誘致しようという大文字の方策でなく、自分達のできる範囲で知恵を絞り、自走するモデルを目指す姿が描かれているからだろう。この作品はそうした理想を描き努力を重ねている人たちの心にこそ響くのである。

オリンピック開催が決まり、高揚する雰囲気に水を差すつもりは全くない。いや、それが決まったからこそ私たちは7年後、この国がどうなっているかという現実と真剣に向き合い、そこに自分を置かなければいけないのだ。きらびやかな話題の裏でジワジワ迫り来る荒廃は日本各地で生活のすぐ傍に現れてきている。もしこうした現実から逃げず、最高のもてなしで各国の人々を迎えることができるなら、身の丈で振る舞う実直な日本の姿を誇りとともに発信できるはず…。私はそこに夢を見るのである。

文=いけだこういち
1975年、東京生まれ。マンガナイト執筆班 兼 みちのく営業所長。好きなジャンルは少女マンガ。谷川史子、志村貴子作品をマイ国宝に指定している。日々、大蔵省(妻)の厳しい監査(在庫調整)を受けながらマンガを買い続ける研究者系ライター。どうぞごひいきに。

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