寄 稿

「虚親化」という、現代の新たな現象をめぐって

こちらのコンテンツは、STUDIOVOICEからの許諾を得ての転載となります。
Baby,ココロのママに! 奥山ぷく

レンタル友達、レンタル恋人、レンタル家族。以前なら「レンタルする対象じゃないだろう」という反応が大半だったこうしたサービスに対し、私たちの心理的なハードルは下がりつつある。違和感を覚えながらもどこかでそれらが存在することを許容しているのだ。このようなサービスが成立する背景には、日常生活を送る中で発生する周囲とのつながりから、面倒くささを引きはがし、メリットだけを取り出そうという意図がある。

一方、マンガにおいてこうしたサービスと真逆の世界を提示しているのが、本来成立しないところに面倒くささを多分に含む親密な関係が発生する「虚親化(きょしんか)」を扱う作品群だ。これらのマンガの特徴はまったく関係のなかった人物同士が、ある出来事やルールによってあたかも恋人や家族のような役割を演じ出すところだ。奥山ぷく『Baby, ココロのママに!』(ほるぷ出版、WEBコミック「コミックポラリス」連載)もそんな作品の一つである。

主人公・路地静流(ろじしずる)は恋愛経験もない大学生。憧れの女性・奈々への接近をいかにさりげなく演出するか悶々とし、想いをショートポエムに綴ってしまうほど他者との関係づくりが苦手な性格だ。そんな静流がいきなり公園で幼児・米田(まいだ)にしがみつかれ「ママ」と呼ばれる。どんなに振り払ってもついてくる米田。だが、仕方なく米田の相手をするうちに、彼女が奈々の親戚だということがわかったり、彼女が通う保育園のイベントを通して園児と親しくなったりと、気づけば彼の周りにたくさんの関係が立ち上がっていく。しかし、こうした展開の中で、当然発生するはずの育児による負担や人間関係の面倒くささは不思議と読者に伝わってこないのだ。

確かに作中で静流はもがき、面倒くささと戦っている。それなのに、その姿勢が本人も知らないところでプラスの効果を生み出してしまい、ストレートに読者に届かない。奈々に近づこうとあたふたする静流を見て友人は彼を「面白いヤツ」認定する。真剣な彼の行動はその不器用さから周囲に「面白い」と受け止められてしまう。同様に米田に絡まれる度に、いやいやながら相手をする静流の姿を見た奈々は彼の背中に父性を見出し、あわや告白というシチュエーションにまで至る。思わぬところで面倒くささに変異が起こり、静流と周囲との距離が近づくことでそれぞれの感情が変化していくのである。

一人であれば気を遣わなくていいことも、友達がいると衝突や離反などの面倒くささが発生する。恋愛となると嫉妬や独占欲が生まれてさらに束縛が強化される。結婚は特定の相手と添い遂げる責任を引き受ける契約であり、さらにその先には子育てという未知の世界が待っている。当然これらには負の面だけが存在するわけではないが、人間関係が深化し、課される責任が増加してくるに伴い面倒くささのレベルもエスカレートしていくはずだ。子育てを扱う東村アキコ『ママはテンパリスト』(集英社、愛蔵版コミックス)や二ノ宮知子『おにぎり通信』(集英社、「You」連載)において、秀逸なコメディーが繰り広げられる隙間から滲み出してくるのはそうした現実である。

そんな中『Baby, ココロのママに!』のような「虚親化」を扱う作品が面倒くささを感じさせないのは、その世界が完全なフィクションだという安心感があるからだろう。読者は、いきなり自分に子供のような存在が現れたり、魅力的な異性がアプローチして来たり、豊かなコミュニティに受容されるとったイベントは起こりえないと信じている。だからこそ気楽に作品を味わえるのだ。

だが、本当にそうだろうか。実は静流が巻き込まれるような面倒くささは完全にフィクションとして私たちから切り離されているわけではない。というのも世の中のリアルな関係の大半は計画的に発生しないからだ。友人はちょっとした会話から意気投合してできてしまうし、恋愛も意中の相手以外からアプローチされて始まることがある。結婚は成り行きで決まったりするし、計画外に子供ができることも珍しくない。

このようにフィクションと信じきっていた世界と実生活との間に想定外の接点が生じる原因は、本作品に描かれている面倒くささの変異であり、さらに引けば関係の先にある相手や周囲の反応の不確かさにある。負担を引き受け、苦労している、もがいている人の姿がそのままネガティブに相手に伝わるわけではない。それらが相手によって頑張っている、粘り強い、親切だというプラス評価に変異し、受けとめられることで互いの間に親近感や愛情が生まれるのだ。

レンタル○○は親密なつながりに含まれる面倒くささを分離し、楽しさやにぎやかさ、暇つぶしといった効果だけを残すことで経済性に優れた関係を提供する。品質が保証されているので利用者は確実に自分が希望したサービスを受けることが可能だ。対してリアルに継続し、深化していく他人との関係、家族との関係にはそもそも品質という概念が存在せず、多くの面倒くささが伴う。しかし、そこには計画的に進められず、品質が保証されていないからこそ負担が突然プラスに変異し、意外な結果が得られる可能性が生じるのである。私たちがレンタル○○と聞いて覚える違和感は、他者との関係に経済性を求める態度に対する疑いであり、偶然性に対する期待でもあるのだ。

安心感を持って読み進める読者に対し、非経済的な関係とそこから生まれる偶然性の価値を忘れさせないための密かな裏切を演じる。それが「虚親化」マンガの役割なのである。

文=いけだこういち
1975年、東京生まれ。マンガナイト執筆班 兼 みちのく営業所長。好きなジャンルは少女マンガ。谷川史子、志村貴子作品をマイ国宝に指定している。日々、大蔵省(妻)の厳しい監査(在庫調整)を受けながらマンガを買い続ける研究者系ライター。どうぞごひいきに。

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