原典へと誘う“キャラクター化”の効果

2月も終盤に入り、受験シーズンが大詰めを迎えている。試験までに多くの知識を身につけなくてはならない学生、教養や社会常識が問われる社会人ーーいつになっても「知識の習得」から人は逃れることはできない。その習得をエンターテインメントにするのが、「キャラクター化」だ。教養などの知識が自分になじみ深い方向に引き寄せられており、知れば知るほど楽しさが増すーー。キャラクター化はそんな好循環を生み出している。

文豪をキャラクター化した作品『文豪ストレイドックス』(原作=朝霧カフカ、漫画=春河35、KADOKAWA、ヤングエース連載中)もその1つだ。芥川龍之介ら有名な作家をモチーフにした登場人物が、敵と味方に分かれ、超能力を駆使して闘うファンタジーである。

この作品の肝は、人物造形の面白さだ。登場する多くのキャラクターの場合、容姿は今の読者にウケがいい造形だが、性格や超能力は、作家の残したエピソードや代表作を意識している。

例えば主人公の「中島敦」。名前は歴史上の文豪の本名そのものだが、容姿は華奢な美少年となっており、残されている作家の写真とは印象が異なる。他の文豪もほぼ同様の扱いで、中には性別が変わっているキャラクターもいる。一方で彼らの性格や超能力には、作家本人の個性や代表作が反映されている。「太宰治」は自殺愛好家であり、「谷崎潤一郎」の能力名は「細雪」、というように。

このようなキャラクター化された作家による物語を通じて、読者はキャラクターを通じて、作家そのものに親しみを覚えるようになる。自分にとって遠い存在だった作家達が一気に身近な存在になるのだ。たとえそれぞれの作品を読んだことがない人でも自然と作家本人についての知識が頭に入ってくる。その結果、「本当にこんな人だったのか」「どんな作品なのか」とオリジナルに興味を引かれるようになる。

もちろんもともと文学史や作家に関心があった人の楽しみはより大きい。次はどの作家が登場するのか、どんな名前の必殺技が飛び出すのか、その必殺技はどんな効力があるのか―先の読めないストーリー展開に加えてこんな予想ができるからだ。文学の知識があればあるほど、その楽しみは無限に増えていく。

知識重視の勉強に代表される「知識の習得」の苦痛の悪影響のひとつは、その苦痛によって知識そのものが嫌いになってしまうことだ。このアレルギーを乗り越える方法のひとつとして、キャラクター化は有効なのだ。

既存のものにキャラクターという新たな名前と形を与え、関係性を生み出して、物語を作っていく試み。これは意外に日本社会に浸透している。例えば2013年から話題沸騰中の「艦隊これくしょん」。日本の戦艦を萌え擬人化したキャラクターを使ったゲームを通じて、戦艦名が自然と頭に入ってきた人も多いのではないだろうか。これまでも元素記号や世界各国の擬人化・キャラクター化した作品が登場している。必ずしも万人向けではないかもしれないが、自分の感性に合えば、知識の吸収を助ける。今後も様々な分野で作品が増えていくだろう。

『文豪ストレイドックス』では、発売中の3巻で早くも海外の文豪が登場。現時点では直接ストーリーとは絡んでいないが、綾辻行人、京極夏彦、そして『ダヴィンチ・コード』で有名なダン・ブラウンなど存命の作家もキャラクター化されている。この作品が、今後もファンを広げながら多くの読者の興味をオリジナルの文学にも引き付けてくれることを願ってやまない。

(kuu)