『バッファロー5人娘』で読み抜く女心の真意

文=山内康裕(マンガナイト)

さっきまで笑顔だったのに、突然怒り出した。理由を聞くと、さらに怒った……男性諸君であれば、一度はこうした理解しがたい状況に陥ったことがあるだろう。「女心と秋の空」「女の心は猫の目」ーーこの不可解さは、男にとって最大の謎ともいえる。これを理解するための道しるべは、マンガの中にもある。マンガには、様々な女性の感情や思い、生き方を描いたすぐれた作品が多い。たとえば安野モヨコ作「バッファロー5人娘」(祥伝社)もそのひとつだ。この作品を読めば、なかなかわかりにくい女性の思考回路がわかるようになるかもしれない。

「バッファロー5人娘」の舞台は砂漠に点在する町。主役のキャンディとスージーは事件を起こして町にいられなくなってしまう。町を転々とするなかで仲間を集め、時にはぶつかり合いながらも保安官から逃亡を続ける彼女ら。生きるために娼婦として男に買われながらも、恋をあきらめない5人が、友情をはぐくみ、恋をしていく姿を描いている。

5人娘は、性格がそれぞれ全く異なる。ある者は前向きで楽天的。ある者は疑い深くクールだ。それぞれのキャラクターの性格はわかりやすく、行動も一貫している。
マンガは小さなコマで読者にどのキャラクターかを区別させなくてはならない。そのため当然の描き分けともみえるが、この性格のわかりやすさは結果として、現実の女性の複雑な感情を一つずつ抜き出し、キャラクターに振り分けて具現化しているといえるのではないだろうか。

男性にとって、様々な感情を複雑に併せ持つ女性を一度に理解しようとすると混乱するかもしれない。だが、本作では一人の女性がもつ複雑な感情が切り分けられ、別々のキャラクターに当てはめられている。そのため「こういう感情を持つからこのような行動をするのか」と腑に落ちる。

例えばスージー。彼女は序盤で「逃げ出すのは地獄」と思いながらも、キャンディに誘われて逃げ出す。一方、一緒に逃げ出したにも関わらず、裏切られたくないからまた一人になろうとする。そのくせ、ピンチになると「ひとりぼっちだから誰も助けてくれない」と思う。実に矛盾した発言・行動が多いが、その裏にある感情がわかると納得できるのだ。

性格が全く異なる5人が一緒に行動しているのも、男性からは理解できないかもしれない。だが5人それぞれの性格が「ひとりの女性のうちにある存在」と考えれば、自然に思えるのではないだろうか。

それだけではなく、各キャラクターが抱える想いもまた矛盾に満ちたものだ。「男性より強くなりたい」「自立して生きていきたい」と思う反面、「恋したい」「すがりたくなったら、受けとめて欲しい」という思いが、相反しながらも一人の女性のなかに共存しているのだ。どちらかといえば、物語では後者がネックとなる。

本作の中で5人娘は、みなそれぞれの恋をしている。ただ性格が異なるがゆえに、恋する相手や疲れたときの頼り方は、まったく異なる。

女性らの肉体の描かれ方も、「女性の気持ちを理解する」という観点からこの作品を読む時は助けとなる。5人娘は非常にセクシーに描かれているが、男性に性的アピールを感じさせるようないやらしさはあまり感じない。作者の安野が女性であるからなのはもちろん、女性向けに描かれているからだ。性的対象として偶像化された女性ではなく、人を愛し愛されたいと精一杯生きている等身大の人間として描かれている。男性からみてもひとりの人間として愛情を注ぎたい、生身の人間として理解したいと思わせる描き方だ。

もちろん青年誌に掲載される男性が主人公の作品にもセクシーな女性像は登場する。胸を大きく強調されて描かれる彼女たちの性格は、恰好よくみせようとしつつ実はあまえたがりというものが典型的だ。作中の人間関係は、特定の男性にだけ弱さを見せる美女と、その弱さも受け入れる頼れる男性という構図。女性は男性のスタイルに都合よく描かれ、男女の間で人間関係を築こうという葛藤はみられない。また男性側からも相手を理解して愛情を注ごうとは思えない。そのような努力をしなくても相手の女性が弱みを見せて頼ってくれるからだ。

男性諸君にとってはまさに「女性の恋心の教科書」。私自身も、女性の「好き」「楽しい」「嫌い」などの言葉を聞いたとき、そのままの意味なのか、それとも裏に本当の思いが隠れているのか、両方の可能性を考えなければならないと改めて実感した。女性の場合、ただの言葉尻だけでなく、表情やしぐさからも感情を推測しなければ真意に近づけないのだろう。

安野モヨコ作品に登場する女性キャラクターは、時に裏腹で理不尽で、そして愛おしくなるような、女性の魅力を描き出している。目から鱗の発見も多そうだ。「バッファロー5人娘」をきっかけに、ほかの安野先生の作品を読んでいけば、女心がわかるカッコいいオトコに近づくかもしれない。

文=山内康裕
1979年生。法政大学イノベーションマネジメント研究科修了(MBA in accounting)。 2009年、マンガを介したコミュニケーションを生み出すユニット「マンガナイト」を結成し代表を務める。 イベント・ワークショップ・デザイン・執筆・選書(「このマンガがすごい!」等)を手がける。 また、2010年にはマンガ関連の企画会社「レインボーバード合同会社」を設立し、“マンガ”を軸に施設・展示・販促・商品等のコンテンツプロデュース・キュレーション・プランニング業務等を提供している。 主な実績は「立川まんがぱーく」「東京ワンピースタワー」「池袋シネマチ祭2014」「日本財団これも学習マンガだ!」「アニメorange展」等。 「さいとう・たかを劇画文化財団」理事、「国際文化都市整備機構」監事も務める。共著に『『ONE PIECE』に学ぶ最強ビジネスチームの作り方(集英社)』、『人生と勉強に効く学べるマンガ100冊(文藝春秋)』等。