記 事
単身赴任ハカセの少女マンガ研究ノート  第3回

就職戦線に赴く学生にとって適職につくための決め手は何だろうか

研究者は四六時中悶々と何かを考えている。そしてどんなくだらない事でも、論理的にその因果関係を明らかにしようと唸っている。ましてや自分の心が「ウッカリ」動いてしまった時などは黙っていられない。そんな心に響いたマンガを分析してはホッとする、単身赴任ハカセの研究室へようこそ。
アルテ 大久保圭

地方に住んでいるとあまり肌で感じることは無いが、どうやら景気が上向いてきているらしい。その影響は就職活動を行う学生にもあらわれ、数年前に見られた内定を求める死の行進のような状況は打破されつつある。

大学生の子供をもつ親御さんはご存知かもしれないが、昨今の大学は教養を付け、研究論文を書くという本来の高等教育・研究を担う姿とは大きく異なったものになってきている。入学して「さあ、基礎教養を身につけよう」という状況にはならず、「さあ、就職戦線を勝ち抜く術を身につけよう」と各種キャリアアップゼミや就職対策サークルに入るのだ。ゼミナールと言えば教員を囲んでの古典の輪読、海外論文の抄読などがイメージされる。しかし、今は名刺の渡し方や面接の受け方などが実践形式で行われ、その指導のために就職カウンセラーやキャリアコンサルタントを雇っている学校も少なくない。大学は教養を身に付け、人生を豊かにする自由な学問の場から、より実践的な社会人力を付けて世の中に出て行くための就職予備校のようになっているのだ。

確かに大学全入時代と言われ、「大卒」という学歴だけでは就職戦線で勝ち残れない状況が背景にあることには共感する。しかし、そもそも「働く」と「職を得る」は違うのではないか。そんなことを考えさせられる作品に出会った。大久保圭の『アルテ』である。

舞台は16世紀初頭のフィレンツェ。他のマンガ作品で言えば惣領冬実『チェーザレ破壊の創造者』で知られるチェーザレ・ボルジアが活躍した時代である。主人公アルテは貴族の娘、絵を描くことが大好きで母親の反対を受けながらも父に許され、日々絵を描いて暮らしていた。物語はそんな主人公の父親が死去するところからスタートする。

当時、女性にとって多くの持参金を携え、より身分の高い男性のところに嫁入りする人生が最高の幸せと考えられていた。アルテの母親も当然その慣習に則り、アルテに持参金を与え、早く結婚するように勧める。しかし、アルテは絵を描いて生きていくことを決め、母親と対立して家を飛び出す。

いくつもの絵画工房の門を叩くアルテ。だが、女であるというだけで相手にしてはもらえない。絵が上手い下手という評価を受けることすら許されない彼女は、その状況にくじけながらも決してあきらめない。自分の絵は十分通用するはずという、ある種の思い込みが彼女を動かす。そしてついにある工房の入門試験を受けるところにまで至るのだ。

彼女の姿を見ていて気づくのは、一見、職を得ようとしているようだが、その実は働こうとしているということだ。「働く」とは自らの意思を持ち、社会の中で自分の役割を見つけ出して行動することである。本来であれば貴族の娘として働かなくとも生きていけるし、お金を稼ぐだけなら作中に出てくる高級娼婦のような道もあるのだ。だが、彼女はあくまで「絵を描く」という役割で社会にコミットしようとする。

ここまで読まれて「全員が全員、アルテの様になれるわけじゃないよ」という感想を持たれる方もいるだろう。私自身、その感想には同意するところもある。しかし、その意見には二つの意味が込められていると思うのだ。一つは、誰もがアルテのように高い技術を身に着けて、社会に挑戦できるわけではないという意見。もう一つは誰もがアルテのように大好きなことを見つけ出すことはできないという意見だ。

前者の意見は至極まっとうだと思う。実際企業に勤めると、大学で勉強、研究してきたことがそのまま役に立つなんてことは稀であり、自ら稼ぎを生み出す一人前の社員に育つには何年もかかることも珍しくない。かといって多様な業種や職種がある世の中で、大学が個々の学生に実践的な力を付けさせるための取り組みを行うなんてことは不可能に近い。

しかし、後者の意見にはちょっと疑問が残る。いくら職やお金が貰えるとしても、嫌いなことをずっと続けるのは辛い。「人が面倒な事、やりたくない事をするからこそ、お金がもらえるんだ」と言われても、やはり、自分がやりがいを感じる、そして自分に合った職を見つけたいと思うのが普通であろう。

私の周囲の研究者を見てみると、大きく二つのタイプに分けられる。まず、自分が研究で扱う「対象」が好きな人だ。文学でも生物でも宇宙工学でも構わないのだが、とにかく対象が大好きでそれについてより多くの新しいことを発見したいという意欲を持っている人である。もう一方は研究する際の「プロセス」が好きな人だ。物事を調べることが、実験することが、論理的に組み立てることが好きで対象というよりは作業のスマートさやテクニックにこだわりを持っている。もちろん、この二つどちらも大好きだという幸せな人もいる。反対にこの二つのどちらにも当てはまらないとすると、どんなに高学歴な人であっても研究で飯を食っていくことは苦痛でしかないだろう。

これは他の分野、職業にも共通して言えることではないか、と私は考えている。仕事で扱う「対象」が好きなのか、仕事の「プロセス」が好きなのか、どちらかが備わっていれば、意欲をもって続けられる。当然二つ揃えばさらにラッキーだ。そして、その可能性を探るための時間が大学時代なのである。

誤解して頂きたくないのは、私は決して「大学に入ったのだから学費以上分勉強せよ」と言っているのではない。勉強に向いている人、向いていない人、集中力が長く続く人、瞬発力がある人、単純作業を正確にこなせる人…様々な経験を介し、自分はどんな人間なのかを自覚する期間として大学時代をとらえて欲しいのだ。

齢こそ違えど、アルテにとっては父親が亡くなるまでが、自分が好きなことを見つけ、自分の特性を知るための期間であったし、その経験があるからこそ、周囲の反対を押し切っても自信を持って挑み続けることが出来たのだ。「自分探し」というと胡散臭いが、自分の性質を確認することから自信につなげていき、自分の足で立てるようになるという事だろうか。

あぁ、スッキリした。

まぁ、勉強以外の事もたくさんして欲しいとは言いながらも、私としては立場上、やっぱり大学に来たからには勉強が第一だぞとも思ったりするのだが。

文=いけだこういち
1975年、東京生まれ。マンガナイト執筆班 兼 みちのく営業所長。好きなジャンルは少女マンガ。谷川史子、志村貴子作品をマイ国宝に指定している。東京に妻子を残して単身みちのく生活。自由にマンガが買えると思いきや、品揃えが良い書店が近所に無いのが目下の悩み。研究論文も書かなきゃね。

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