記 事
単身赴任ハカセの少女マンガ研究ノート  第4回

「私のどこが好き?」と訊かれた時、どう答えるのが正解だろうか

研究者は四六時中悶々と何かを考えている。そしてどんなくだらない事でも、論理的にその因果関係を明らかにしようと唸っている。ましてや自分の心が「ウッカリ」動いてしまった時などは黙っていられない。そんな心に響いたマンガを分析してはホッとする、単身赴任ハカセの研究室へようこそ。
わたしと繁殖いたしましょう 夏目ココロ

この論考が『少女漫画研究ノート』と題しているからにはいつか向き合わなければいけない大きなテーマがある。それは「恋愛」だ。そう、少女漫画の華は今も昔も「恋愛」なのである。一方、「恋愛」とはいったい何なのかということは我々研究者にとってもっとも訊かれたくない質問かもしれない。そんな事を考えさせられる作品が届いた。夏目ココロの『わたしと繁殖いたしましょう』である。(最初に断っておくが、あまりにも直球なタイトルがついているとはいえ、成人向け作品ではなくあくまで女性向けの一般作品である。)

本作の下敷きとなっているのは昔話の『浦島太郎』。数万光年離れた惑星RYUGUから「繁殖」を目的に、かつての恋人である浦島太郎を追いかけて地球に現れた乙姫と、勝手に浦島と決めつけられてしまった美少年(?)、潮カズキの一風変わったSFラブコメ作品である。

乙姫は初対面のカズキを浦島と思い込み、自分たちの子孫を繁栄させるために様々な手段で繁殖行為を持ちかける。しかし、RYUGUの子孫を繁栄させること=地球の滅亡であると知ったカズキは乙姫の誘惑を拒み続ける。そもそも恋愛の結果として繁殖に至ることはあったとしても、好きでもない相手と恋愛の過程を全て抜きにして、繁殖から始めるなんてことはあり得ないというのがカズキの主張だ。なんと倫理的で真っ当な主人公だろうか。

乙姫は浦島とのDNAの一致からカズキを繁殖の相手として特定する。科学的に証明されているのでその手続きは明晰で嘘が無い。だからといってDNAの相性といった、科学的な根拠のみに基づきパートナーを決めるなど現実的ではないことを私たちは知っている。そんな証拠が手元になくとも、大概の人は特定の誰かを好きになり、恋愛に至るからだ。

しかし、ここで大きな疑問が残る。それは私たちがどうやって沢山の人間の中から、特定の相手を選び出し、添い遂げようとするのかということである。もっと簡単に言ってしまえば「なぜその人に恋するのか」ということだ。

例えば巷のアンケートなどでは恋愛の相手に望む条件として「やさしい人」とか「明るい人」といったものが挙げられる。「そりゃそうだよなぁ」と思いながらも「やさしいって何だ?」、「明るい人=何も考えていない人なのでは?」といった疑問も立ち上がる。「やさしい人」や「明るい人」になるためのテクニックがあるのならそれを習得した人が引く手数多になるのだろうか。出会いの手段の合コンも「知人が紹介してくれる人なら大丈夫かも」といった他力な安心感の上に成り立つし、「肉食系」「草食系」といった恋愛に対する態度もどこか言い訳じみて聞こえる。もう、いろいろ曖昧すぎて「?」の再生産なのである。

なぜ、人は恋をするのか。そしてなぜ一人の人を選び出すのか。社会学者の大澤真幸は著書『恋愛の不可能性について』の中でその問に迫っている。恋愛に至るという事は自分が相手に選ばれたという事実を踏まえている。そして、誰もが恋愛の相手に対して自分だけを愛してほしいと考える。だが、その一方で自分がなぜ選ばれたのかの理由を求めているし、自分への関心が他人へ移ることの恐怖を感じている。

「私のどこが好き?」なんて真顔で訊く人は多くないだろうが、友人や親類に「彼(女)のどこを好きになったの?」と訊かれることはあるかもしれない。しかし、この問に答える際には大きな落とし穴が待っている。「容姿」「性格」「スタイル」「年収」と何でも理由は付けられるし、条件を増やし、強化していくこともできる。だが、「容姿」といったところで、誰もが世界一美しい相手を選べるわけでもなく、「性格の良さ」などは何を基準に判定しているかわからない。中途半端なスペックの相手を曖昧な基準の下に選択した証拠を挙げ続け、不信を加速させるという負のスパイラルに陥らないためには、笑顔で逃げ切るのが良策かもしれない。

だが、この問に全く有効な答がないかというと、そうでもなさそうだ。私たちは、相手(およびその性質)のみを認識し、判断しているのではなく、相手とそれを取り巻く関係性を合わせて選択していると大澤は言うのだ。相手を選択した理由をすべて相手の中に、個体の中に求めていっても、それは相手に真実性をもって伝わらない。そのスペックを越える他人が現れるかもしれないからだ。一方、相手とその周囲の関係性は単純に「友達が何人いる」といった数字に還元できるものではなく、他人と比較できない。どんな経験を積んできたか、どんな人たちと付き合ってきたか、どんな服を身にまとっているか、どんな音楽を聴くのか等々、その人とその人を取り囲む世界の関係性は簡単には紐解けないものなのである。これをふまえれば、先の質問には「君の雰囲気が好き」と返すことでより正解に近づくだろうか。

物語が進むに連れて、乙姫が一方的にカズキを追いかける展開から、カズキが乙姫を救い出すヒーロー展開へと状況が変化する。この状況の変化にも彼女と接するうちに、ただ繁殖目的で迫っていると思っていた相手に対する恐怖とは異なる感覚の萌芽を見いだせる。乙姫と周囲とのやり取りや、過去の事情などを知ることによって彼女に対するイメージが変わり、恋が生まれたのである。これと同じように、私たちは相手とそれを取り巻く世界を深く知ることによって、想いを育んでいると考えられる。

あぁ、スッキリした。

正直、周囲の生命科学者に恋に堕ちる原理を訊くと「ドーパミンが…」、「アドレナリンが…」と順を追って丁寧に説明をしてくれるのだが、どこかスッキリしない。そんな科学的な説明よりも「相手の雰囲気が…」と平素な言葉で丸めこまれる方に安堵を覚えるのは、研究者としていけない態度なのだろうか。

文=いけだこういち
1975年、東京生まれ。マンガナイト執筆班 兼 みちのく営業所長。好きなジャンルは少女マンガ。谷川史子、志村貴子作品をマイ国宝に指定している。東京に妻子を残して単身みちのく生活。自由にマンガが買えると思いきや、品揃えが良い書店が近所に無いのが目下の悩み。研究論文も書かなきゃね。

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